バイオリンと録音と

クラシックのコンサート、バイオリンの演奏方法、バイオリンのグッズについての記事多し。他、楽譜(Lilypond , Sibelius)、和声学、作曲、DTM関連を取り扱っております。

2019年06月

『2本のバイオリンのための組曲』を登録しておきました。
https://drive.google.com/open?id=1ynOSxS_4CD97qe05fArVmIE9hvtV6TD5

新時代の三種の神器

『ららトークさん、あなたも早く買った方がいいよ! もうそういう時代なんだよ。』

最近、ものすごい勢いでiPadで楽譜管理をする人が増えてきていますな。
特にiPadの12.9インチが発売されてから急激に増えてきているような気がする。

その昔、iPadが世に出たころアップルの人に

「もっと大きな画面のiPadを出せばかなり売れるよ。」

「そんなに大きなものが必要なのでしょうか?」

「演奏家はぜったいにほしいと思うよ。譜面めくり不要、オペラハウスでの演奏だとステージライトも不要になる。」

「勉強になります。検討しておきますね。」

あれから10年くらいになるけど、ようやく音楽家が望む製品になったのがiPadPro12.9。
iPad Pro、Apple Pencil、Piascoreは、今や音楽家の三種の神器ともいわれているとのこと。神器 Plus1とか言って、左右の楽譜用にiPad Pro 2台を豪快に並べる人もいる(ドヤ!)。

実際に三種の神器を手に入れた人の話やブログを読んでいると、幸せ感にあふれ過ぎていて羨ましい。プロも演奏会で使うようになってきた。凄腕バイオリニストのダニエル・ホープなんか、かなり早い時期から使っているもんね。

クラシック音楽の場合、曲が長いため、ページがめくれなくて困る場合が多いのだが、そういうこともあってピアニストさんには大好評のようだ。ただ、伴奏ピアニストさんの場合は、人間相手ということもありいろいろ微妙なアクシデントもあるようなのだが、そうしたトラブル対処のためにPiascoreの操作に習熟するのも仕事のうちとのこと。

野外演奏もあったりで、譜面が風で飛ぶ心配がない。オケ仲間との楽譜共有化とか、楽しそうだなとも思ったりと、いろいろと口実を考え中。ライブラリの追加は、自分でやる必要があるので、こうしたことは早くやった方が得なのだろうな。

クラシックの演奏家にとって、良いことしかない三種の神器。

時期は熟した。購入してみるかなあ。

それにしても心配なのが、楽譜出版社ですね。従来のやり方を根本的に変えないと倒産するしかないですよね。たとえば、1か月3000円程度の定額で、楽譜をダウンロード販売するとかの方向とか、年会費制にするとか、ビジネスモデルを考えないとね。

クラシック音楽家の場合、ベーレンライター、ヘンレ、ブライトコフ&ヘルテル、デュラン等、原典版をつくれる出版社が倒産した場合、かなりのダメージになるからね。
製版技術者とか、写譜屋さんとか商売できないとなると、楽譜の音楽であるクラシック音楽の土台が崩壊していまうからね。なので、手放しで喜ぶわけにもいかない。

バイオリン編曲は難しいのかなあ

人前で弾くには、1000回弾き込む必要があるというのをどこかで読んだ気がする。チェロの巨匠フルニエの言葉だったかなあ。1000回というと毎日10回弾き込んで、100日なので小品の場合、それほど現実離れした目標でもない。厳しそうだが希望の持てる目標だ。

最近では、クラシック音楽以外のジャンルの小品にも目を向けていろいろ楽譜を見ている。映画音楽、ジャズ、ピアソラ、タンゴ、日本の歌とかジブリとか、いろいろ曲集があることはあるのだが、アレンジがへたくそなのが多いのが難点。

 バイオリン初心者向けという曲集は仕方ないとしても、中級者レベルと書いてあるのに何これレベルという編曲が多い。たぶんアレンジャーがキーボード出身者で、旋律を適当にバイオリンにあてがっておけばいいやと考えているのだろう。

 経験則的にわかってきたのが、楽譜にコードが書き込まれている編曲はまったくよくないということ。

クラシック音楽でも名曲と呼ばれるような曲はコードのような安易な発想で曲は書かれておらず、むしろ対位法的手法が必要とされるので、当然の帰結ともいえる。

 特に憤慨したのが、坂本龍一の戦場のクリスマスのバイオリン編曲版の楽譜をダウンロードしたのだが、バイオリンパートがスカスカで魅力にかける。コメントをみると

『ピアノとバイオリンとのかけ合いを是非お試しください。』
『はあ~。楽譜ソフトを使ってアレンジしたのがまるわかりなんですけど。』

もし、その文言を編曲の売りにするのであれば、ブラームスやフランクのソナタくらいは勉強しておいてほしい。知らなかったとは言ってほしくない。バイオリンを愛する者は、そのくらいは知らなくてはだめだ。
 あるいは、技術屋ならAIで作った方が、はるかによい編曲になるんじゃないかなあ。モーツアルトのような曲をAIでつくるプロジェクトもあることだしね。ドビュッシーAIを開発するのもいいね。

「こんなのに金出してしまった僕が悪いんだ。」と自己嫌悪。やはりネットダウンロードでの購入はやめた方がよい。
 仕方ないので、龍一さん、ご本人様が制作したピアノ譜面をもとに自分で編曲してみたところ、かなり良い感じに仕上がった。龍一さんの旋律に別のオリジナルの旋律をかぶせる。そう、あのバッハの平均律に歌を乗せるというグノーのアベ・マリアのアイデアを借用し、重音奏法やピチカートも加えると、よりクラシック音楽に近くなり、なかなかいい感じで自己満足。

 さて問題は記譜上Des-Durという調性(厳密には旋法)なのだが、バイオリンでは響かないのとナチュラル・フラジオが使えないのが痛い。半音を上げてD-Durとすると良いのだが、今度は響き過ぎる感じがする。とは言えG線開放弦が使えるのは利点かなあ。
 
 ピアノだと楽な運指なのだけれど、バイオリンにするとDes-Durは運指が何種類もできるので結構難しいね。音程が高めによってしまう。ちょっと練習が必要だな。

 バイオリンの場合、Des-Durといえば、まず浮かぶのが、ドビュッシーの『月の光』。様々なバイオリン編曲があるけれども、どれもバイオリンとピアノの調和を考えて作られている。

バイオリンのパートも低域、中域、高域とバランスがよく、Sul-G、Sul-D、Sul-Aもしっかりと指定されており、場合によってはフラジオレットもうまく出てくる。ここまで書ければ、原曲のピアノ曲よりも魅力のある編曲に仕上がる。

バイオリン曲を編曲しようとする他ジャンルの人は、以下の作曲家は、最低、基礎教養として勉強しておくべきだろう。

・クライスラー
・ハイフェッツ
・エルガー
・ヴィエニャフスキ
・アンリ・ヴュータン
・クラシック音楽出身者(外人)でドビュッシーを編曲している方々

日本人アレンジャーは服部 隆之さんなどの一部を除きほとんどダメだよね。よい編曲にはドイツ語、フランス語、イタリア語の語感みたいのも必要な気がする。

指板にステッカーは必要か

音程を確認するために指板にステッカーを貼ってはならないというのはバイオリンを弾く上での鉄則と思っていたのだが、The Stradの記事にこんなのを見つけた。


詳しい内容はグーグル翻訳機能で読んでもらえば良いとおもうが、
初心のうちはステッカーはOKだが、ある程度上達したら取りましょうという、常識的回答なのだけれどもバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスで考え方が違う点があるというのが面白い。

私の場合は、指板にステッカーはとても恥ずかしいという感覚から初心者のうちから付けていなかったが、どうしてそうなのかは理由は考えてもいなかった。こんなことから『チコちゃんに叱られる』かもしれない。

一応、回答としては以下かな。
ピアノの音程は鍵盤の制約上12種類しかないが、バイオリンの音程の場合は、ド・シャープ、レ・フラットの音程は違いのある異名異音なので最低17種類は必要。これに旋律的音程、和声的音程、その中間の音程の違いがあるので、ほぼ無限の音程になる、鍵盤のような固定音程でないのでステッカーは意味をなさない。

ならば、音程はどのようして取るのか?といえば、各弦の共鳴を感じて耳でとるということになる。なので調弦を精密に取っておくことは必須条件。

良い先生に学べば、そうした音程の取り方を教えてもらえるので、その先生の弟子になる前に、先生を試す指標とすればよいと思う。欧州の先生はしっかりしていると思う。やはり伝統が違うのであろう。あと、バイオリンの音程を正確にとるためには歌の練習をした方がよいのかもしれないね。バロック音楽の歌手は、ビブラートをおおげさにかけないので勉強になる。

バイオリンならソプラノ歌手ということでエマ・カークビーさんかなあ。聴いているだけで音程がよくなる気がする。

例外として、オーケストラで弾く場合、まわりの音(音程もゴチャゴチャ)で音が消されて、共鳴が感じられないにもかかわらず、ハイポジションでいきなり出てくるようなシチュエーションの場合、指板に印をつけたことはあるけどね。

バイオリンの場合だと、指板とボディの付け根あたりの音程、G線~E線の順番にE,H,Fis,Cisとその半音上のF,C,G,Dを目で覚えてしまうと何かと便利な場合が多い。

リラックスタイム

最近、ロードバイクでいろいろなところを旅しており、バイオリンのモチベーションが下がりぎみだったが、バイオリンを背中に背負ってロードバイクを乗り、気に入ったところで演奏することでリフレッシュできてきた。

楽器演奏もロードバイクと同じで、一度に大量の楽譜を無理にこなそうとすると苦行になる。オーケストラ曲をこなすというのはまさにそんな感じ。無理やり弾かされているという感じと、空気を読みながら演奏するというのは、どうも私には合っていないのだろう。鳥は周りに忖度して歌っているわけではない。自由奔放、楽譜に不誠実に弾くというのが、本来の音楽の姿なのかもしれない。

自転車の世界では、周りの景色を眺めながら、写真をとりながらグルメしながら楽しくやるというポタリングといる楽しみ方がある。

バイオリンの世界でのポタリングに相当するのは、簡単な小品を野外で楽しく弾くことなのかもしれない。小品の場合は、気軽に練習でき、暗譜も真面目にやっていけば30曲くらいのレパートリーはすぐに溜まっていくという充実感があるし、ピアノ伴奏を録音したスマフォとポータブルスピーカーをもって河川敷や広い公園などへ行って練習してみる。秋ケ瀬公園(ドラマー)、さくら草公園(吹奏楽)、水元公園(フルート、ギター)あたりではよく楽器の練習をしている人をみかける。

充実感こそ正義。技術は充実感に準じるものというものがわかりスランプ脱出となったのであった。

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